社労士・岩壁
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就業規則で一方的に副業を禁止することは原則できない
日本国憲法においては職業選択の自由が定められていて、公共の福祉に反しなければどんな職業に就くことも保障されています。
何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
日本国憲法第22条1項
就業時間中は職務専念義務があり、その業務に専念する必要があります。
しかし就業時間外においては会社の指揮命令下から解放されているので就業時間以外の時間をどのように使おうが本来は自由なのですが、一方で、多くの企業の就業規則には副業禁止規定が存在します。
法律で本来自由に認められているはずの副業(職業選択)の自由を、会社が禁止することはできるのでしょうか?
法律と会社のルールを比べれば当然法律が優先ですから、いくら就業規則が会社のルールとは言っても法に反するルールは無効です。
よって会社が一方的・全面的に副業禁止と定めても、拘束力は本来ありません。
就業規則で副業禁止規定が多くの企業で存在する理由は、副業に対する企業リスクがあるからと考えられます。
かし副業はデメリットばかりではなく、要は考え方・運用の仕方次第です。
会社が副業を許可するメリット・デメリット
メリット
従業員のスキル向上
企業内では得られないような人脈、あるいは経験できないような仕事を副業で経験すれば、個人のビジネススキルは飛躍的に向上します。
1つの企業のみで働いていると、その企業のやり方・考え方が全てです。
退職させずに広い視野・知見を伸ばしたいのであれば、やはり副業の効果は大きいでしょう。
自社が行う研修等では限度があります。
会社員だからこそ、広い世に出て実地経験を積むことはとても価値のあることです。
従業員の流出防止
就業規則で全面的に副業禁止の場合、他にやりたいことがある従業員は「やりたいことを諦めて会社に残る」「退職してやりたいことをする」の2択になります。
このようなケースでは優秀な従業員ほど後者の退職を選ぶはずです。
副業を許可することによって、自社に必要な従業員が退職するリスクを下げることができます。(ただし、やりたいことを本業にしたいと思っているような場合はそもそも引き止めは困難)
収入増による不満の緩衝
副業禁止の場合、従業員は自社の収入に頼るしかありません。
副業がなくても世間と比較して十分な給与を支払っている企業であれば話は別ですが、大部分の企業はたくさんの給与を支払っているわけではありません。
実際に給与額に不満で辞めてしまうケースは珍しくありません。
副業を許可することで従業員側の収入経路を複数持たせることによる本人のリスク分散、自社以外での収入を認めることによる給与の不満を和らげる効果も期待できます。
特に次のような従業員には効果があります。
- 仕事のやりがいは感じているため退職はしたくない
- 給与だけが不満
収入アップについては副業も含めて本人の意欲・工夫が大きくなるため、自主性を促す効果もあります。
事業拡大のチャンス
従業員の人脈やスキルが向上すれば、当然自社に活かせるものも出てきます。
ビジネスチャンスはどこに転がっているか分かりません。
チャンスを掴めるかどうかも本人・会社次第です。
副業を許可して、むしろ自社に積極活用できるような風土を作っておけば既存事業の拡大、あるいは新規事業につながる可能性が高くなります。
採用力アップ
副業を会社が許可すれば、当然副業志向のある新入社員も採用しやすくなります。
新しい価値観のある人を採用することによって組織を活性化させることも期待できます。
社労士・岩壁
デメリット
健康管理(長時間労働の助長)
副業と言っても「やること」だけではなく、「やり方」も様々です。
- 他社で雇用される
- 個人事業主としてやる
- 法人を設立して役員になる
個人事業主や法人設立の場合は自分が経営者になるわけですから、いくら働いても法律上の労働者にはなりません。
しかし働くことに時間を費やすという意味では、本業先から見ればどれも同じです。
労働集約型の副業であれば、健康を害して本業に影響が出てしまうことも考えられます。
情報漏洩や利益相反
同業種で副業をするならば同じ業務を他社(あるいは個人)でも行うことになり、副業先での業務に貢献するために悪気なく本業先の機密情報を漏らしてしまうリスクもあります。
また本来は本業先で請け負うべき業務を副業先で請け負ってしまうことも考えられます。
企業にとっては利益相反行為になりますから、当然認めるわけにはいかないでしょう。(実際に企業として受注すべき案件を、隠れて個人で受けてしまうケースも存在します)
職務にどう専念させるか、情報をどう守るか、利益相反をどう防止するのか。
企業の体制も問われることになります。
労災
副業が原因で労災に遭った場合、 休業すれば自社での就業も不可能になるため当然影響が出ます。
個人事業主の場合は原則として労災は適用されませんが、副業の事故が原因で本業でも働けなくなるというリスクを考える上では同様です。
本業側企業としても自社とは関係ない副業でケガ等をされて休まれるリスクは高くなります。
(参考)労働時間の通算
副業先でも雇用されている場合、労働時間は本業と通算します。(個人事業主や法人設立など、雇用以外の場合は除く)
本業先にはほぼ影響はありませんが、副業先と労働者側に大きな影響が出ます。
複数の企業を掛け持ちしていた場合で、法定労働時間を超えた場合は割増賃金の対象となり、原則的には後に雇用契約を締結した方の企業(副業先)に割増賃金の支払い義務があります。
割増賃金を計算するためには本業側の勤怠情報などを把握する必要がありますが、副業先にわざわざ勤怠情報を提供する企業はほぼないでしょう。
現実的には正確に労働時間を計算するのはかなり困難です。
しかし自社が副業先であった場合は、この割増賃金の未払いリスクがある、という点は考慮すべきことです。
副業禁止の判断ポイント
合理的な理由があれば禁止は可能
憲法で職業選択の自由が保障されているとはいえ、従業員が勝手に副業をはじめると企業側に不都合が生じることも考えられます。
判断が非常に難しい部分はあるものの、一般的には次のようなケースであれば副業禁止の合理的な理由があるとされています。
- 本業への支障
- 機密情報の漏洩
- 名誉・信用の失墜
- 競業による利益相反
よって特に理由がないにもかかわらず副業禁止にはできず、企業に何かしら損害や悪い影響が想定されなければなりません。
従業員が何を副業として行うかは人それぞれですから、副業禁止にする合理的理由があるかどうかも個別に検証される必要があるでしょう。
当然ですが、これらの制限を盾にして企業が恣意的に副業を不許可にして良いということではありません。
不合理な副業不許可を繰り返して従業員への損害賠償を認めた判例に(マンナ運輸事件)があります。(合計4回申請中、3・4回目に合理的な却下理由がないと判断)
一方、会社が長時間労働による自社就業への影響を懸念して副業不許可にしたにも関わらず、会社に許可なく副業を行ったために普通解雇したことを認めた判例(小川建設事件)もあります。(なお小川建設事件では本来、就業規則の懲戒解雇に該当するところを普通解雇という処置にしています)
就業規則上の副業禁止規定は一般的な記載とし、個別の事情によって制限に合理性があるかないかを判断することが重要です。
就業規則の副業禁止規定例
以上を踏まえて就業規則も現実的な対応をすることが求められます。
一番妥当なのは副業を届出制にすることです。
就業規則上も届出制であることを明記し、副業禁止とできる4つのケースに該当する場合に限り制限する方向で記載します。
社員は在籍のまま次の各号を行おうとする場合は、会社に届け出なければならない。
①他社の役員となること
② 他社に雇用されること
③ 営利目的の事業(講演や執筆活動を含む)を営むこと
④ 営利・非営利関係なく会社名を使って活動を行うこと
2 次の各号に該当すると判断したときは、会社は前項の届出を制限することができる。
① 会社への適切な労務提供に支障をきたすおそれがある場合
② 会社の企業秘密が漏洩するおそれがある場合
③ 会社の対外的名誉や信用を失墜させる、または会社と社員の信頼関係を破壊するおそれがある場合
④ 競業等により会社の利益を害するおそれがある場合
(※)ここで記載している“会社”とは就業規則を作っている本業先のことです。
念には念を入れたい場合、副業の届出時に改めて誓約書等を提出させる方法もあります。
また就業規則上においても申請に虚偽があった場合や、①~④のケースが実際に起こった場合には懲戒処分とする規定も設けておく方が良いでしょう。
なお届出制よりも制限的な意味合いが強い許可制にするという方法もあります。
しかし副業は本来的には制限できないという趣旨を考えると、副業制限の範囲をむやみに拡大して許可の範囲を狭めることは望ましくありません。
まとめ
- 一方的に副業禁止にすることはできない
- 下記4つに該当する場合は合理的理由がある場合は副業禁止にできる
①会社の業務に支障をおよぼす恐れがある場合
②会社の機密情報を漏洩させる恐れがある場合
③会社の名誉や信用を失墜させる恐れがある場合
④会社の利益に相反する恐れがある場合 - 就業規則上は副業禁止ではなく届出制にすることが妥当