社労士・岩壁
・事業リスクは基本的に企業側が多く持つ
・通常のミス程度では賠償は難しいケースが多い
・故意や重過失なら賠償請求は可能
と言えます。
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会社損害の2パターン
従業員が会社に直接損害を与えるケース
このケースでは次のような例が考えられます。
- 商品を雑に扱い破損させてしまった
- 事務処理を怠り契約できたはずのものが破談になった
これらのケースでは会社の財産や本来得られた利益に直接損害を与えており、会社と従業員の2者間の問題となります。
従業員が第三者に損害を与え、会社が賠償を負うケース
一方、第三者が入ってくるケースもあります。
- 社用車で人身事故を起こして第三者にケガをさせた
- 飲料をお客様の衣類にこぼして汚してしまった
この場合、直接損害を受けたのは第三者です。
会社はそれを賠償する責任があり、結果として損害が生じます。
賠償請求の法的根拠
従業員が会社に損害を与え、会社がその損害を従業員に賠償を求めることがあります。
それは通常、民法の債務不履行(415条)や不法行為(709条)が根拠になります。
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。
民法第415条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
民法第709条
また、使用者責任(715条)が根拠になることもあります。
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
民法第715条
2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
これらの条文を根拠に会社は従業員へ賠償請求すること自体は可能になります。
ではその賠償請求は、どんなケースでも、いくらでも認められるのでしょうか。
従業員に全責任を負わせるのは難しい
モデル判例
会社が負った損害について、従業員にどれくらい賠償義務があるのかを示すモデル判例として茨石事件(最一小判昭和51年7月8日)があります。
この事件の概略は次のとおりです。
- 自社所有のタンクローリーを運転中に、前方不注意により他社(A社)タンクローリーに追突(タンクローリーは臨時的に運転を命じられた)
- 会社がA社タンクローリー修理代を賠償し、それを事故を起こした従業員へ求償
あわせて自社タンクローリー修理代も請求しています。
この判例で、従業員へ全ての責任を負わせることを制限する“責任制限法理”が示されました。
責任制限法理とは
前記判例で示された責任制限法理とは次のような考え方です。
<賠償・求償できる額>
・信義則上、相当と認められる限度
<賠償額を算出するにあたり考慮すべき事情>
・事業の性格、規模
・施設の状況
・従業員の業務内容、労働条件、勤務態度
・加害行為の態様
・加害行為の予防や損失分散についての会社の配慮程度
これらを総合的に考慮した上で、会社が従業員へ賠償・求償できる範囲が決まります。
上記茨石事件においては結果的に損害額の4分の1の範囲が限度とされました。
しかし一律に決まるものではなく、諸般の事情に応じて賠償額の範囲は変わってきます。
なぜ従業員の責任が制限されるか
本来であれば損害を直接生んだ従業員に対して、その全額を賠償請求できるはずと考えるのが自然です。
しかし、会社と従業員は雇用者と被雇用者という特殊な関係にありため、次のような考えから企業側の責任やリスク負担を大きく見ています。
- 従業員のミスは企業運営に内在(報償責任)
- 業務命令に内在するミスは会社がリスクを負うべき(危険負担)
利益が全て従業員に還元されるわけではない一方、責任は全て従業員に負わせるのは、あまりに酷ですよね。
「従業員を使って利益を得ているのだからリスクは企業側が多く持ってください」ということです。
身元保証人への賠償
入社時には身元保証書を提出させる企業も多く存在しますが、保証人に対しては従業員同様に賠償・求償請求ができるでしょうか。
これは従業員に対する請求同様に様々な事情が考慮され、身元保証人の責任軽減が図られています。
- 会社側の過失有無
- 身元保証人に至った経緯やそれに至る注意の程度
- 従業員の任務、身上の変化など一切の事情
また身元保証については有効期限があることにも注意です。
- 期限の定めがある場合は最長5年
- 期限の定めがない場合は3年
- 自動更新不可(都度契約し直す)
- 極度額(上限額)の定め ※2020年4月~
危険負担の責任を考えれば企業側の責任が非常に大きくなります。
裁判で従業員から賠償額を回収するのは時間も労力もかかり、トラブル自体が会社の評判を大きく落とすこともあります。
事業に関わる保険等には必ず加入をしておきましょう。(モデル判例の茨石事件では対物保険と車両保険未加入でした)
賠償予定の禁止と給与控除
賠償予定の禁止
では「損害が起こった時には就業規則で罰金として定めておけば良いのでは?」と考える方もいるかもしれません。
しかし、労働基準法においては罰金のような違約金・損害賠償金を事前に定めることは禁止されています。
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
労働基準法第16条
あくまで“金額”を予定することを禁止しているので、実際に起こった損害について賠償請求してはいけないという意味ではありません。
しかし、実損に対する賠償請求の場合は前記のとおり責任制限法理がありますから、実際の賠償・求償額は認められても全額になる可能性は極めて低くなります。
賠償金の給与控除
仮に損害を発生させた従業員へ賠償・求償が認められたとしても、それを勝手に給与控除することは “賃金全額払いの原則”に反してできません。
会社が従業員の許可を取ることなく給与から控除して良いのは法定控除(税金や社会保険)のみとなります。
このような給与控除が認められるには次の存在が必要です。
- 従業員側の自由意思による同意
- 自由意思に基づく同意と認められる客観的に合理的な理由の存在
「給与は通常通り支払い、その上で賠償金を別途会社に支払ってもらう」これが原則となります。
まとめ
- 損害を発生させた従業員への賠償請求は責任制限法理により様々な事情が考慮される
- 会社運営で従業員を使って利益を上げている以上、リスク負担も企業側が多くなる
- 仮に賠償や求償が認められても信義則の範囲に限られる
- 事業に関わる保険には必ず入っておくこと