社労士・岩壁
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人事異動と転勤の違い
人事異動の意味は幅広く、社内での身分や配置を変更することをまとめて人事異動と呼びます。
人事異動は次のようなものがあり、必ずしも転居が伴うとは限りません。
- 職種や業務内容の変更
- 所属部署の変更
- 昇格、降格
- 社員登用
支店などがない企業では同じ勤務地内で人事異動が行われます。
よって、転勤は人事異動の中で転居を伴うものを指します。
転勤が行われる背景
転勤が行われる目的としては次のようなものが挙げられます。
- 経験・育成・スキルアップ
- 組織や人の活性化
- 適材適所の実現
- 新天地での人脈形成
1~3は転勤に限らず人事異動全般に共通ですが、4については勤務地自体が変更になるため人事異動の中でも転勤特有の目的と言えるでしょう。
特に全国に支店や営業所がある企業では人事異動の一環として転勤が一般的に行われています。
一方、アメリカなどでは転勤は一般的でないと言われます。
日本の雇用制度は解雇が簡単ではなく、特に大企業においては終身雇用が前提となっている時代が長く続きました。
他社に転職することを前提としていないので、特定スキルを極めることよりも社内に精通した総合力のある人が求められたのです。
転勤を含めた定期人事異動は、終身雇用を前提にゼネラリストを求める日本特有の雇用慣習によって成り立ってきました。
ただし、最近では経団連会長が終身雇用が限界にきていると言及するなど今までの雇用前提が崩れ始めていますから、転勤自体を見直す企業も増えてくるかもしれません。
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転勤命令はどこまで有効か
就業規則の定めが重要
就業規則等に転勤が定められている場合、個人的な理由での転勤命令拒否は原則としてできません。
ただし就業規則等に転勤の定めがあっても、実態として転勤が全く行われておらず規定が形骸化しているような状況では、もし争いになった場合に会社側が不利になる可能性も考えられます。
転勤を就業規則等で定めるのであれば、実際に転勤を定期的に行った方が良いでしょう。
転勤命令を拒否できるケース①(業務の必要性がない等)
会社がいつでも自由に転勤を命じられるわけではありません。
判例において次のようなケースでは会社の人事権が権利濫用にあたると示されています。(東亜ペイント事件)
- 業務上の必要性がない
- 不当な動機や目的を持ってなされている
- 通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる
逆に言えば「業務上の必要性があり、不当な動機や目的がなく、著しい不利益がない」ならば原則として労働者側は転勤命令を拒否できないと言えます。
(※)ここで言う“著しい不利益”には、単身赴任になる・通勤時間が長くなるといった程度の経済的不利益は含みません。
転勤命令を拒否できるケース②(育児・介護事情)
育児介護休業法においては転勤命令と育児・介護について次のように規定しています。
事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。
育児介護休業法第26条
あくまで“配慮義務”ですから、直ちに「育児や介護をしている人に対して転勤命令をしてはいけない」ということではありません。
ケンウッド事件のように育児・介護といった事情があったとしても、それが“著しい不利益”にあたらないとの判例もありますので、依然として判例は会社側に有利な傾向にあります。
しかし育児介護休業法や(後記)労働契約法の定めもあるため、今後は労働者側に有利な判例も増えてくるかもしれません。
今後、育児や介護について家庭事情がある社員に対しては、転勤命令によって著しい不利益を被るかどうか慎重に検討をしなければなりません。
転勤命令を拒否できるケース③(地域限定雇用)
地域限定雇用契約の場合も転勤を命じるのは難しいでしょう。
近年では転勤がないことを求人の訴求ポイントの1つにするために、正社員であっても地域限定雇用制度を設けている企業が増えています。(もちろん本人が合意の上で転勤することは問題ありません)
転勤命令で会社が注意すべき点
私生活とのバランスに配慮
世の中の流れとして私生活とのバランスが重視されるようになってきており、労働契約法にも仕事と生活の調和について規定があります。
労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。
労働契約法第3条3項
いくら会社側に広い人事権があるとはいっても、今後は私生活とのバランスに配慮しない企業に対しては厳しい判断が下されるようになっていくと思われます。
転勤制度そのものが良い・悪いという議論ではなく、「転勤は何を目的にしているのか?本当に必要なのか?」を 今一度見直す必要があります。
運用が重要
もし転勤制度を継続するのであれば、次のような運用が重要になります。
- 就業規則等に転勤を命じることがある定め
⇒就業規則の定めだけでなく、入社承諾書・誓約書などでも転勤の決まりを改めて盛り込む。 - 転勤を実施しているという事実
⇒転勤が実際に行われているという共通社内認識を持つ。 - 費用負担や内示時期
⇒転居費用は基本的に会社が負担し、内示も転居を伴うならできるだけ早く伝える。 - その他の配慮
⇒育児・介護事情がある場合は一方的な対応は厳禁。
人道的観点
2019年5月、育休明けの男性社員に突然転勤命令をしたことが原因でインターネット上で炎上した企業がありました。
当該企業は、自社対応に法的問題はないとの声明を出しましたが、それが炎上に拍車をかける結果になってしまいました。
今はSNS等ですぐに拡散・炎上します。
法的に問題ないはずの企業側がなぜこれまで叩かれることになったのでしょうか?
それは法的にどちらが正しいか?ではなく、人道的にどうなのか?が世の中の関心だったからです。
法的に問題ないという杓子定規的な声明は世論の反発を増幅させるだけで、法的には企業が正しくても世論が納得しないことは多くあります。
ちなみにその社員はやむを得ず退職することになったようですが、その際に年次有給休暇を使わせないという対応が一方ではありました。(さすがにこの点は企業側に違法性があります)
人は感情の生き物ですから、理屈上合っているかどうかだけが対応基準になるとトラブルの元です。
感情を考慮しない対応をすれば今はSNSで炎上するということをどの企業でも前提としなければなりません。
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正当な理由なく拒否された場合
正当な理由がなく従業員側が転勤命令を拒否した場合は、懲戒処分が可能です。
この場合は従業員側が労働契約義務を果たしていないことになりますから、就業規則の定めにそって厳正に対処しましょう。
就業規則には正当な理由なく転勤命令を拒否した場合には懲戒処分をする旨、きちんと規定してください。
ただし懲戒処分でも、どの程度の処分にするかは慎重な判断を要します。
まとめ
- 就業規則等に定められていれば転勤は原則拒否できない
- ただし以下3つに該当する場合は会社の権利濫用となる
①業務上の必要性がない
②不当な動機や目的を持ってなされている
③通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる - 今後は生活との調和が重視されるので、特に育児・介護事情がある社員への判断は慎重にすべき
- 正当な理由なく転勤を拒否した場合は懲戒処分も検討