社労士・岩壁
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固定残業代の概要と基本的な計算方法
固定残業代とは、一定時間分の残業をしたと見なしその残業時間分の手当を毎月支給するもので「見なし残業代」等とも呼ばれます。
固定残業代を導入する企業は珍しくありませんし、企業によって「営業手当」など名称も様々です。
しかし曖昧な表記や従業員への説明不足などから、トラブルも発生しやすくなります。
決められた固定残業時間の範囲で勤務管理をできていれば人件費管理が比較的楽になりますが、一方、やり方を間違えると固定残業代自体が否定されかねません。
もし固定残業代が否定された場合、否定された固定残業代も全て含めて基本給(残業代の基礎)になる、という扱いがなされ、遡及して膨大な残業代を支払わなければならないリスクが含まれています。
導入ポイントと手当計算方法
3つのポイント
通常の賃金と固定残業代を判別できること
通常の賃金(残業代の基礎となる給与)と固定残業代がきちんと判別できなければいけません。
固定残業代を支給する場合は主に基本給組込型と手当支給型の2パターンがあります。
基本給組込型は見た目では固定残業代が含まれているかどうかが分かりません。
労働条件通知書や雇用契約書で「何時間分でいくらの見なし残業代が含まれているか」をきちんと明示していれば必ずしも基本給組込型がダメというわけではありませんが、判別性・明確性という観点からは手当支給型の方を絶対に良いと言えます。
見なし残業時間を上回る残業代の差額を支給すること
固定残業代は見なし残業時間分を固定で支給するものです。
見なし残業時間を超えた残業があれば、その時間分は実費で残業代を払う必要があり、例えば20時間の見なし残業時間に対し25時間の残業をした場合は、固定残業代とは別に5時間分の残業代を支払わなければいけません。
残業代削減を目的として固定残業代を導入する企業がありますが、固定残業代は「その額以上は払わなくてよい手当」ではない点に注意です。
見なし残業時間数を雇用契約書等で明示すること
通常の賃金と固定残業代が判別できればそれだけで良いわけではなく、見なしが何時間分なのかを労働条件通知書や雇用契約書にきちんと記載しましょう。
仮に固定残業代を手当型で支給して判別性を確保しても、時間数の明示がなければ固定残業代の要素を成していないことになります。
手当の計算方法
固定残業代を基本給組込型とするのか手当支給型とするのかの違いはあります。
しかしどちらも「残業の基礎となる部分」と「固定残業代部分」が分かれているという意味では同じなので基本的な計算方法は変わりません。
まずは就業規則や給与規程に基づいた時給単価を算出します。
通常の企業であれば次のような式になるはずです。
- 基準内給与(残業の基礎となる部分) ÷ 月の平均所定労働時間 × 1.25(割増分) × 見なし残業時間
この式で算出された金額が固定残業代として支給されることとなります。
200,000円÷160時間=時給単価1,250円
20時間分を固定残業代に設定する場合は「1,250円×1.25×20時間=31,250円」となります。
基本給月額200,000円+固定残業手当31,250=231,250円を毎月固定給として支給することになります。
労働条件通知書・雇用契約書への記載例
ポイントは金額と見なし残業時間数で、誰が見てもきちんと分かるように書くことです。
適切な例
基本給組込型
- 基本給250,000円(内、見なし残業20時間分の残業代50,000円を含む)
⇒基本給の中に“何時間分”で“いくらか”が明記されています。
ただし労働条件通知書や雇用契約書では()内の説明を入れることができますが、給与明細上は基本給250,000円としか表示されないシステムが大半だと思います。
固定残業代が含まれていることを給与明細上も明確にするという点で手当支給型を推奨します。
手当支給型
- 基本給200,000円
- 固定残業手当50,000円(見なし残業20時間分)
- 基本給200,000円
- 営業手当50,000円(見なし残業20時間分に対する残業代として支給)
⇒このように名称から固定残業代と分からないような手当については、きちんと固定残業代であることを明記しましょう。
“営業手当”のように名称から残業代であると想像しにくいケースもあります。
いくら時間数と金額を明記したとしても非常に誤解を生みやすいため、できる限り残業代であることが明確に分かる手当名にしましょう。
不適切な例
基本給組込型
- 基本給250,000円
⇒残業代が含まれていることすら書かれていません - 基本給250,000円(内、固定残業代50,000円を含む)
⇒何時間分なのかが不明です - 基本給250,000円(内、見なし残業20時間分の残業代を含む)
⇒残業代がいくらなのかが不明です
手当支給型
- 基本給200,000円
- 固定残業手当50,000円
⇒何時間分なのかが不明です
- 基本給200,000円
- 営業手当50,000円(固定残業代として支給)
⇒何時間分なのかが不明です
- 基本給200,000円
- 営業手当50,000円(20時間分)
⇒何が20時間なのかが不明です(見なし残業20時間とは読み取れません)
共通記載例
もし丁寧に労働条件通知書・雇用契約書を作るなら以下の記載も盛り込んでおいた方が、さらに分かりやすくトラブル防止になるでしょう。
- 固定残業代に相当する時間を超えた残業については別途残業代を支給する
- 残業時間が固定残業代に相当する時間に満たなくても固定残業代は減額しない
見なし残業時間は何時間までなら大丈夫か
固定残業代に対する見なし残業時間が何時間までなら大丈夫か、という明確な法規定がありません。
しかし国の施策として長時間労働の是正に動いているためあまりに多い見なし残業時間は望ましくないでしょう。
実際に100時間相当の残業代を営業手当で支給していたケースで「長時間労働を前提とした固定残業代は認められない」とした判例があります。(マーケティングインフォメーションコミュニティ事件)
また、36協定において時間外労働上限は月45時間までとなっています。
割増賃金の支給義務を労働基準法で定めている趣旨の一つとして時間外労働の抑制と労働者の健康を図るという点から見れば、どんなに多くても月45時間分までの固定残業代としましょう。
メリット・デメリット
社労士・岩壁
メリット
会社側
「求人の際に給与額が多く見える」点が一番ではないでしょうか。
固定残業代を加算すると基本給とあわせて高く見えるため、求人を出す場合に「給与が低くて敬遠される」というリスクを避けやすくなります。(もちろん固定残業代を嫌がるような応募者には通用しません)
なお労働条件通知書・雇用契約書の時と同様、求人上の給与額表記には応募者に誤解を与えないよう十分に注意して記載をしてください。
従業員側
「固定残業代として決められた時間数の残業をしなくても給与が減らない」ことが挙げられます。
固定残業代はその時間数の残業をしていなくて定額で支給されますから、労働者側としては「残業が少ない方が得」になります。
自分が得をするために残業を減らすような心理が働き、生産性が上がるかもしれません。
デメリット
会社側
「元から残業が少ない職場だと固定残業代がない方が人件費が低く抑えられる」ことが挙げられます。
設定した見なし残業時間よりも実際の残業時間が少ないからと言って固定残業代を削ることはできません。
あまり残業が発生しない職場であれば固定残業代を導入しない方がよいケースもあります。
従業員側
「どれだけ残業をしても決められた時間数を超えないと実費分の残業代はもらえない」ことが挙げられます。
特に見なし残業時間が長い場合に「これだけやっているのに残業代が出ない」という負の感情が生まれやすくなります。
理屈上は正しくても人間は感情の生き物です。
見なし時間は統一運用が望ましい
見なし残業時間数は可能な限り全員統一した方が良いでしょう。(全社統一でなくても職種ごとに揃えるような方法もあります)
見なし残業時間数を個別設定すると、制度も事務も煩雑になってしまいます。
統一した方が制度としてシンプルになり事務処理も軽減されます。
まとめ
- 不備があれば固定残業代そのものが否定されるリスクあり
- 3つの導入ポイント
⇒通常の賃金と固定残業代を判別できること
⇒見なし残業時間を上回る残業が発生した場合は差額を支給すること
⇒固定残業代に含まれる見なし残業時間数を雇用契約書等で明示すること - 明朗性を重視するために手当支給型の方で行うべき
- 見なし時間数は多くても月45時間までにする